リアルタイムで把握するまちの環境
松尾 薫(大阪府立大学)
私たちのライフスタイルを脅かす自然災害
2018年に、環境省、文部科学省、農林水産省、国土交通省、気象庁は、さまざまな自然システムが気候変動による影響を受けつつある中で、国や地方の行政機関、国民が気候変動への対策を考える際に役立つ最新の科学的知見を提供することを目的として、日本を対象とした気候変動の観測・予測・影響評価に関する知見をレポートとして取りまとめている1)。これより、日本の年平均気温は、変動を繰り返しながら上昇していることが示されており、例えば全国6都市を代表点としてみてみても、その様子は確認することができる(図1)。この気候変動による影響についても、「農業、森林・林業、水産業」「自然生態系」「水環境・水資源、自然災害・沿岸域」「健康、産業・経済活動、国民生活・都市生活」の4つの観点から整理している。特に最近では、福岡県等で発生した「平成29年7月九州北部豪雨」、西日本の広範囲で発生した「平成30年7月豪雨」、関東・甲信・東北地方で発生した「令和元年台風19号」、西日本から東日本の広範囲にわたって、さらに長期間続いた「令和2年7月豪雨」等のように、大雨の発生頻度の増加が深刻化し、河川氾濫、土砂災害の発生頻度増加にもつながっている。これらの問題は、私たちのライフスタイルに大きな影響を及ぼすため、その緩和が望まれている。
都市の環境の可視化技術
自然災害のリスクが少ない快適な環境で暮らすためには、私たちが都市の環境について理解することが大切である。そのために、まずは、私たちが暮らすまちの環境、例えば大気汚染状況、風の吹き方、暑さの程度、災害危険性、生物の豊かさ等の現況がわかりやすく可視化されていることが重要である。都市環境の可視化技術については、年々進歩しており、特に近年では急速に発展している。例えば、リモートセンシング技術は、広範囲の地表面温度分布、緑被分布だけではなく洪水の被害状況等を把握することができ、様々な分野で活用されており、リモートセンシング画像の高解像度化が進んでいる。また、GISはリモートセンシング画像のような各種地理情報とその他のデータとを紐づけ、分析し、可視化することができる。そして、GISデータの整備が進み、さらにそれらのオープンデータ化が進んでいる。
まちの環境を考える
可視化技術を用いて、ステークホルダーでまちの環境を共有しながら、自分たちが暮らすまちのあり方についてワークショップを行っている事例を紹介する(図2)。
例えば、和歌山県由良町神谷地区2)では、和歌山県の沿岸地域で、ほぼ全域で南海トラフ地震の津波被害が想定されていること、長期的な人口減少・少子高齢化が進行していること、地区の存続も危ぶまれることから、事前復興計画策定が試みられており、住民ワークショップを行っている。事前復興計画とは「地域住民等との協働で、地域の目指すべき将来像や復興の基本方針等を平時のうちにまとめたもの」である2)。その際、ワークショップ支援ツールとして、日照や風況といったライフスタイルに関わる環境のマップ等を用いている。その結果、全てのグループにおいて、神谷地区に吹く強い「北風」に関する意見が挙がり、さらに地域の移転候補地については、北風を避けることを意図して、今回のワークショップでは南側に限定された。
また広島市3)では、広島駅周辺の地区を対象として「適材適所の都市熱環境デザインを支援するアドバイスマップ」を作成し、その有効性を確認するために、都市の熱環境を可視化した地図を用いて、専門家協働ワークショップを2回行った。具体的には、第1回では、熱環境対策やそれに関連するデザインを抽出し、第2回では、対策を実施した場合の熱環境予測を行い、その結果を可視化した地図を用いて、議論を行った。その際、「現状と各種対策後の熱環境の空間的な変化を理解しやすい」という意見が挙げられた。
リアルタイムで把握するまちの環境
このように、まちの環境を可視化することにより、自分たちが暮らすまちの環境を理解しながら、まちづくりを進めることができるようになる。さらに、都市環境の現況を可視化するだけではなく、将来の予測についても可視化することで、現況からの変更により、どのような効果を得ることができるかを共有することができる。そして、2040年後には、現在よりも、コンピュータの計算処理能力が高くなり、リアルタイムでまちの環境を誰もが把握できるようになっているのではないだろうか(図3)。例えば、空き家をなくせば風通しがどの程度良くなるか、空き地に対して緑地を整備すれば、気温がどれだけ下がり、水源涵養機能がどの程度上がるか等を、誰もがリアルタイムで把握することが可能になるのではないだろうか。
参考文献・資料
1)環境省・文部科学省・農林水産省・国土交通省・気象庁:「気候変動の観測・予測・影響評価に関する統合レポート2018~日本の気候変動とその影響~」,2018.
http://www.env.go.jp/earth/tekiou/report2018_full.pdf
2)赤松一澄・田村将太・田中貴宏・松尾薫・横山 真:「津波被害が予想される地域における事前復興計画策定のための住民ワークショップに関する研究-和歌山県由良町神谷地区を対象として-」,日本建築学会中国支部研究報告集,43,833-836,2020.
3)井上莞志・田中健太・田中貴宏・松尾薫・横山真・杉山徹・吉原俊朗:「適材適所の都市熱環境デザインを支援するアドバイスマップのあり方に関する研究-広島都心部を対象とした専門家協働ワークショップを通して-」,第19回日本都市計画学会中国四国支部研究発表会,2021.