多様なライフスタイルを実現する都市空間のオープン化とコモンズの構築

山口 敬太(京都大学)

 

2040年の都市像

|イノベーションの舞台としての都市創造

国内外の様々な機関が、近未来の都市・社会の姿を予測し、都市のビジョンの検討を進めている。第四次産業革命とも言われるデジタル技術の革新的進化は、都市や社会の形を大きく変えると考えられているが、既にその萌芽を、財・サービス生産の高度化、シェア経済の成熟、AI・ロボットの活用などにみることができる。

都市における産業のありかたも大きな変化が見込まれる。高付加価値産業、創造産業がますます重要になり、イノベーションを取り込んだスタートアップの創出や、スタートアップ・エコシステムを形成することは都市戦略上重要な課題となる。そのためには、芸術・文化・デザインと、テクノロジー・サイエンスを掛け合わせることによって、イノベーションの創出を誘発する都市社会基盤をいかに形成するか、が問われる。

イノベーション人材の流動化も進み、所属組織の業務のみに従事する働き方ではなく、能力やチーム・ビルディングを反映したプロジェクト・ベースの働き方が広がりを見せると考えられる。このとき都市が、都市の産業・人口の集積を活かして、様々な能力や個性をもった人材の出会いの場としての機能を担えるかどうかが問われるようになるだろう。

都市のスマート化が進むなかでの、都市に期待されるのが、都市文化のさらなる成熟である。その中心は人であり、人間の創造力である。都市間の競争においては、食をはじめとする文化資源、都市に居住するクリエイターなどの人的資源を活用することで、日々、新しい出会いや知的興奮を生み出し続けられるかどうかが鍵となるだろう。人々の交流の舞台として、都市広場の祝祭性や、特別感による高揚感の日常的創出への期待が高まる。都市づくりが向かう方向は、一年中、社交を育み続ける祝祭都市のようなものになるだろう。

|都市空間のオープン化によるコモンズ空間の創出

都市居住者の働き方が変わり、余暇時間が増え、仕事と遊びの境界が弱まるようになると、都市空間のニーズは大きく変わる。ここに、モビリティの技術や制度の革新的変化が重なり、道路空間をはじめとする都市空間のオープン化は急速に進み、都市景観の様相を一変させる。

道路のオープン化の取り組みは既に始まっているが、道路は特に都心の都市空間において面積が大きいこと、人が集まりやすい(交通結節点)こと、その再編においては費用があまりかからず(用地買収不要)すぐにできること(即効性)、また、賑わいの楽しさ(お祭り気分)や絵になる(室内ではなく都市景観や人を背景に)ことなどが理由であると考える。

これは都心に限らず、さまざまな場所において進むと思われる。自動運転の実装により道路空間の階層化が進み、地区内道路のオープン化が進む。それを並行して、近隣地区のリビングルームとしての広場への転換が進み、コミュニティのさまざまな活動の場となるだろう。「自分たちの」広場としての管理・利用を可能にする制度もさらに成熟すると思われる。単なる余暇空間としてのみならず、社会課題解決や生きがいづくり、コミュニティ・ビジネスの場として機能するようになり、生涯学習や趣味、手習いはより広がりをみせ、草の根的な文化芸術創造が進む。また、コミュニティにも、このような空間利用・管理を実現する能力の獲得が求められる。

個々人のニーズのマッチング、コミュニティのマッチングが図られ、多様な場所で多様なコミュニティが活動し、関わり、ある種のコモンズが構築されるようになるだろう(図-1)。居住者は今の自分に合った活動を自由に選択できる。

さらには、それぞれの地区において、生き生きとした暮らしや個性ある文化・芸術活動が可視化されることで、それを巡るまちあるきがブームになるのではないかと考える。健康・福祉への関心の高まりを背景に、緑の散歩道のネットワークが構築され、これもそれを後押しするだろう。

 

象徴的な2つのシーンとトレンド

 先述した都市像の想定に基づき、2040年の都市とライフスタイルを表す2つのシーンを選び、それぞれ3つのトレンドを挙げた。

|「趣味はみちあるき。町中の道で、様々な趣味、芸術、交流の輪が広がっていて、それを巡ります。」

3つのトレンド
1.自動運転と月額制移動サービスが定着。道路空間の階層化が高度化し、地区内道路のオープン化が進んでいる。
2.道路の半分が交通、半分がコミュニティスペースとして使われ、活用を支える法律・制度が設けられている。
3.労働時間が減り、余暇の時間が多く、趣味や芸能、アート活動が高度化し、多くの人々が日々楽しさの追究に時間を費やしている。

図ー1  自宅と職場(学校)の外に広がるコミュニティとコモンズのイメージ
(下図:https://www.univer siteitleiden.nl/en/science/physics/econophysics–network-theory)

このシーンは、道路空間において、交通の占める割合が半分以下におさまり、残り半分が地区住民による利用・管理が認められている未来を描いている。労働時間が減り、余暇の時間が増え、趣味や芸能、アート活動が高度化するなか、道路空間を活用したコミュニティ・スペースとしての利用が進んでいる。「都市計画共有地」制度による柔軟な空間管理が定着し、コミュニティ・ビジネスや社会的投資が充実し、町中に個性ある生活の舞台が作り出されている。そのような個性と活動の溢れるまちを歩き覗く、時にその場に参加することは、多くの人の趣味やライフスタイルとして定着していることを想定する。また、これを前提とした建築物の設計も進み、屋内外が一体化した新たなビルディングタイプの出現も想定される。都市のアクティビティは道路を中心に可視化され、それが重要な都市環境指標となっている。

コモンズ空間化される道路(都市WGパネルより転載|イメージパース作成:劉暁丹)

 

|「家の近くに点在する空き地は美しい雑木林に。緑に囲まれて暮らし、時々、焚き火やBBQを楽しむ。」

3つのトレンド
1.低密化が進んだ都市郊外やニュータウンの空き地は、一部が雑木林に転換され、別荘地のような雰囲気になっている。
2.縮退地域の空き地対策として「雑木林整備条例」が設けられている。管理団体が利用権をもち、運営している。
3.共有地は近隣住民の食事、焚き火・BBQ、遊び、映画、音楽の場所として使われ、地域内外の交流拠点となっている。

このシーンは、都市郊外やニュータウンに散在する空き地が、美しい雑木林に転換され、近隣住民によって利用・管理されている未来を描いている。近隣のコモンズ空間となった雑木林では、山で獲れるジビエの料理や焚き火、バーベキューが楽しめる。都市において自然を満喫し尽くす暮らしが定着している。柔軟な空間利用・管理や、土地の流動化を実現する制度が設けられ、また、都市空間の密度は、環境の魅力を損なわないように適切に管理されている。 以上に述べたような、多様なライフスタイルを実現する都市空間のオープン化を契機とした次世代型コモンズの構築は、これからの重要な都市課題になると考える。今後、それを支える技術や実践的知見、モデル的事例の創出に向けて研究を進めたい。

参考イメージ:北本手づくりの森(http://zoukibayashi.main.jp/)