集落地の観光の受け入れ方-地域の日常に溶け込み伝統を受け継ぐ-
島 瑞穂(大日本コンサルタント株式会社)
はじめに
農山漁村における少子・高齢化、人口減少は、都市部と比較し約20年先駆けて進行しているといわれる。今後もこの傾向が続き、2040年になると、農山漁村における集落地としての様々な機能は維持できるのだろうか。
一方で、近年は新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークが浸透し、働き方が多様化しつつある。今後、ワーケーションや多拠点居住など、仕事にとらわれない居場所の選択・長期滞在も可能になるだろう。
農山村を維持する関係人口
地方圏の人口減少・高齢化による地域づくりの担い手不足という課題の対応策として、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す「関係人口」の重要性が謳われて久しい。
本論考では「訪れる」ということがきっかけとなり、生まれる関わり合いが、2040年には深化していることが期待される。「訪れる」ことによって生まれる観光や交流について議論したい。
観光の多様化による交流の拡大
観光情報の入手が容易になり、個人の好みや興味・関心に合わせた行動をとることができるようになったため、観光地は多様化だけでなく、個人のニーズに合致した個性的な取組が求められるようになっている。
特に近年は、大量輸送・大量消費型の観光から、グリーンツーリズムやエコツーリズム、都市散策といったオルタナティブ・ツーリズムが注目されている。オルタナティブ・ツーリズムは、地域自体が観光資源であるという考えのもと、伝統文化、歴史的町並み、自然、地場伝統工芸等、地域独自の資源を観光資源ととらえることに特徴がある。また、農産漁村での体験を通じて地元の方々との交流や農業・漁業体験等を通じた体験型メニューへの注目が高まっている。
農山村で期待する宿泊体系
|農山村の宿泊
本論考では、農山村集落のオルタナティブ・ツーリズムについて着目する。農家等を営みながら宿泊を提供する形式として、「民宿」および「民泊」が考えられる。
|民宿と民泊
「農家民宿」などに代表される「民宿」は、反復継続して有償で宿泊施設を提供する(営業行為)もので、旅館業法に基づく「簡易宿所営業」の許可が必要となる。つまり営利目的で繰り返し宿泊施設を提供する場合は旅館業の許可が必要となる。民宿を始める際は、宿泊業の継続性や規模の要件などをクリアしたうえで、数多くの申請書類を提出する必要がある。
一方で、「住宅宿泊事業(民泊)」は基本的には個人宅が対象であり、利用料金も個人間のやり取りとみなされるため、宿泊料に当たる代金は徴収せず、食事代や体験指導の対価のみを受け取るものである。2017年の「住宅宿泊事業法(民泊新法)」により、年間180日以内の営業であれば、民泊新法における届け出だけで済むなど、スタート時の手続きも複数の方法があり、民宿よりも容易である。設備投資も抑えられ、空き家などの遊休不動産の活用が期待される。建物の用途は住宅としてみなされるため、用途地域の「工業専用地域」以外で実施可能であるが、実際は自治体の条例により制限されている。
|都市型民泊の緩和(民泊特区)
また、「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業(特区民泊)」とは、国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例制度を活用した民泊のことを指し、特区(特別区)における民泊事業として国家戦略特別区の一部に限られる。提供日数は2泊3日以上としているが、民泊と異なり年間営業日数の制限がなく、宿泊料を受けて営業ができるため、利益性を担保することができる。現在は東京都大田区、大阪府大阪市など、都心部を中心に設定されている。
ここから、農山村集落等において民泊特区を設け、「農家民泊」が推進された未来について考えたい。
集落地の観光の受け入れ
|集落ぐるみの宿泊の受け入れ事例(徳島県南阿波)
ここで、農山村集落の観光の受け入れ事例として、徳島県 南阿波(美波町・牟岐町・海陽町の3町)の分宿について取り上げる。分宿とは一団の人があちこちに分かれ宿泊することをいい、南阿波では都心部の学生の修学旅行などを民泊・ホームステイとして分宿を受け入れている。
豊富な自然の中で、ありのままの暮らしを体験できることを重視し、田植えや畑の野菜作りの他、伝統工芸など様々なプログラムが用意されている。特に集落等での宿泊では、受け入れ先の住民に対し、ありのままの日常を開くため、特別な接待を行わないこととしている。そのため、これまでのマスツーリズムを前提としていた修学旅行とは異なり、一軒一軒体験が異なる。
|農家民泊を営む夫婦のライフスタイル
以上の内容を踏まえて、地域の日常生活を開く農家民泊を集落ぐるみで行い、地域の伝統や文化を守る歳の差の夫婦のライフスタイルを夢想した。登場人物は以下に示す、慎吾さんと春子さんを中心として考えた。
夫:慎吾さん(43歳男性)
大学は都心部に出たが、役場に就職し、観光振興課に勤めている。都心部に観光PRに出張に行く機会が多く、都市の人と触れ合うたびに、地元の自然の豊かさや、自然とともに営む暮らしについて再確認している。
春子さんの民泊の活動に地域活性のヒントを見出し、行政として農家民宿のPRを行うほか、農家民泊を行う住民と受け入れ希望者とのマッチングシステムの構築の構築を行い、春子さんの様子を見て興味を持った地域住民に参画を促し、集落ぐるみで農家民泊を行い、学校の修学旅行の受け入れるプロジェクトを主導している。
妻:春子さん(32歳女性)
集落で生まれ育ち、慎吾との結婚後も農家を営む両親を手伝っている。夫の観光・地域振興の仕事に興味を持ち、都市や他のまちとのつながりを持ちたいと思い、農家民泊を始めた。
農家民泊では、日常を開くことを重視し、その時々の仕事を手伝ってもらうようなプログラムを用意している。中学生の修学旅行を受け入れだしてから、子どもたちの成長が楽しみになっている。
特に秋の実りを感謝する、集落の伝統的な祭りでは、担い手の不足によって継続の危機に瀕していたが、農家民泊利用者の参加を促し、伝統的な踊りや音楽の継承を進めている。祭りの参加を目的として毎年来訪するファンが出現し始めている。
地域の日常に溶け込み伝統を受け継ぐ
昨今、地域との関わりを持つということは、実際に足を運んで訪問することだけではなく、ふるさと納税やSNSなどのオンラインによる手法もさまざまである。しかし、上記に想定した農家民泊を通じ、日常に溶け込むことで、地域住民は地域の文化・歴史に客観的に価値を再発見できる他、旅行者は移住・定住の疑似体験ができる。
旅行者・受け入れる地域住民ともに、地域の魅力の顕在化されることで、地域の維持・発展を目指すことができるのではないかと考えている。