巨大防潮堤に代わる自然環境に配慮した海岸空間の創出

阿部俊彦(立命館大学)

はじめに

東日本大震災での経験を踏まえて、西日本においても、巨大地震による大津波に備えた対策が始まっている。東北の沿岸部と同様に、巨大防潮堤によって津波を防ぎ、命を守る方法もあるが、それによって多くのものが失わられてしまう可能性もある。地域の資源としての海辺の風景、文化、生業など、沿岸の市街地や漁村集落にとって、必要不可欠なものとは何か。

一方、2040年の未来には、デジタルやAI技術の発展により、避難誘導や災害シミュレーションの精緻化により、巨大防潮堤に代わる別の方法で、津波から命を守ることができる可能性もある。

未来の技術を駆使しながら、人間が自然とどのように付き合っていけばよいのか。本稿では、海辺の自然環境を享受しながら、安心して暮らせるライフスタイルのあり方について考える。

東北の巨大防潮堤の整備を通じて考えること

東日本大震災の津波によって、東北地方の沿岸部は大きな被害を受けた。そして、二度と同じ被害を繰り返さないために、沿岸部では巨大防潮堤が整備された(写真1)。しかし、それによって、一部の地区では、これまで大切にしてきた海への眺望や浜辺の風景が失われた地区もある。葛藤の中で、三陸の浜々では、どのように海と付き合うことを選択したのか。

私が復興支援に関わってきた気仙沼市内では、多くの浜で、行政から示された防潮堤の賛否についての議論があった。

写真1
写真2

東海・東南海・南海3連動地震の被害想定

以上のように、時間とお金を最大限にかけて進められた気仙沼の防潮堤だが、今後予想されている東海・東南海・南海3連動地震による大津波を防御するための防潮堤の整備は、同様な方法で進めることは難しいとされている。徳島県、和歌山県、三重県などで、津波対策が検討されているが、いずれも、防潮堤整備に頼ったものではなく、避難や市街地機能の移転などによる事前復興が計画の主となっている。

その中でも、日本で最も津波が早く到達するとされる和歌山県K町では、事前復興まちづくりが具体的に進んでいる地区である。海岸の近くまで山がせり出し、市街地は液状化が心配される埋め立て地が大半を占める当町では、東海・東南海・南海3連動地震では、高さ10メートルの津波の来襲が想定されている。

K町では、巨大防潮堤を望まず、避難タワーや避難路を整備してきた、また、海の近くにある病院、消防署、役場などの公共施設を高台に移転することにした。さらに、もともと砂洲だった場所を埋め立てた市街地では、液状化対策や嵩上げにより、避難時間の拡大を図るなど、防潮堤以外の土地利用の規制や避難道路の整備などの都市計画により、津波対策が進められている。

20年、100年、1000年後の海辺の暮らしと風景

さらに、20年後の未来を見据えれば、津波シミュレーション・地震速報や津波警報の精度の向上、GPSを活用した避難システム、状況に応じて最適な避難ルートを示すことのできる知能化技術、災害時要援護者や高齢者の避難をサポートする自動運転車の普及など、テクノロジーを駆使することにより、さらに効果的な巨大防潮堤に代わる対策を講じることができるであろう。

さらに、先の未来には、VRの技術を駆使して、津波来襲時の状況をイメージし、防潮堤の無いまちでも、防災意識の向上を図りつつ、行政も市民も納得した形で、安全な場所に暮らし続けるためのまちづくりの合意形成が可能になるかもしれない。また、テクノロジーの発展の一方で、防潮堤の無い海辺の風景や環境をどのように保全していくべきか。森は海の恋人の活動で知られる畠山重篤さんは、「豊かな汽水域の恵みは、森があってこそ生まれる。ダム開発と森林破壊で沿岸の海の荒廃が急速に進んだ1980年代、おいしい牡蠣を育てるため、気仙沼湾に注ぐ大川の上流に木を植え始めた」。西日本の海岸空間においても、森と海の関係を見直し、100年、1000年の時を経て、自然環境と共生した風景を取り戻す必要があるのではないか。

(写真3:2021造園学会学生コンペ優秀作品 立命館大学 阿部研究室 荻、深井、冨村、比果、幡野、山脇、廣瀬、瀬沼)

2040 年の人々のライフスタイルとは?

和歌山県K町の人口は、1万6500人であるが、2040年には1万人を下回る規模になることが予想されている。そのような中で、津波対策と合わせて、次の世代が求めている地域固有の資源を活かしたライフスタイルを模索する必要がある。町のどこに暮らしの拠点をつくるのか、避難路と合わせてどのような交通ネットワークを構築すべきか、海とのつながりを大切にした町の産業をどのように発展させていくべきか。

私がイメージする未来の人物像は、以下の通りである。

美しい漁村の風景が残っており、釣り客が多く訪れるK町。その町長は、70歳。国による防潮堤整備を断り、海辺の風景を残すことに専念してきた人物である。しかしながら、町民の大津波に対する防災意識が低く、町の対策は進んでいなかった。そこで、津波防災を研究している大学生23歳が、町長に危機意識を教えるべく、VRカメラを使って、大津波がK町に来襲した際の状況をイメージしてもらうことにした。町長は、防災対策の必要に気づき、最先端のテクノロジーを駆使した防災対策を施し、K町の海辺の風景の魅力を保全しつつ、安全安心に暮らせる町に発展させることができた。