地域の自然とのやわらかい共生
野村 はな(株式会社ヘッズ)
川と共にあった暮らし
古くから川の近くに集落をつくり、川の水による恩恵を受けると同時に洪水などの危険とも戦いながら、川を軸にした生業と暮らしを営んできた地域が、日本各地に多く存在する。しかし、高度成長社会において暮らしと川との関係が希薄となったことから河川利用は減少し、その管理も十分でないことから、タケや雑草が繁茂するといった問題が顕在化し、河川沿いが未利用地となっている地域も多い。また、近年相次いでいる豪雨災害や、多くの地域社会で進行しつつある人口減少も相まって、土地利用を見直す機会をもたらしている。
一方で、コロナ禍を契機に、自然とふれあい健やかに暮らすライフスタイルへの志向が高まりつつある社会潮流は、人と自然が関わりながら地域独自の暮らしや文化が育まれてきた農山村の居住地としての魅力に、改めて光を当てるものである。
本稿では、住む場所に合わせて働き方や生き方をデザインすることが可能になっているであろう 2040 年、今後ますます激化する自然災害リスクにより良い形で適応しながら、川と人(暮らし)のやわらかい関係性を築いていく地域の姿を検討する。
|人と自然の共生空間〈川にわ〉の思考実験
シーンカードでは、全国で豪雨災害が深刻化し始めた2020年頃から徐々に河川沿い空間の土地利用転換が進められて緑地公園化し、護岸は多自然型へと改修が進められ、河川沿いが地域の中庭のような共有空間になった地方をイメージしている。河川沿い空間は〈川にわ〉と呼ばれ、縦断方向には生態系的価値の高い『コリドー』として、また、横断方向には地域の人々が暮らす生活領域と自然とを段階的に結ぶ『エコトーン』としての役割を果たす。
また、〈川にわ〉は自律した地域マネジメント組織が中心となり、地域の様々なステークホルダーとの連携によりマネジメントされる。河川沿いの空間〈川にわ〉は、地域に住まう人にとっての帯状の中庭のような場所になり、そこに集う地域住民を中心に、自然志向の都市住民の観光や移住も受け入れながら、〈地域かぞく〉と呼ぶゆるやかなコミュニティが構築される。
〈川にわ〉の形成プロセス
|自然災害・生態系からみた土地利用変化の適正化
〈川にわ〉は、豪雨被害の危険を抱えている地域において、遊水池機能の確保と、地域のコミュニティ形成や観光活性化の拠点としての空間整備を一体的に推進するプロジェクトとして取り組む。AI技術を活用し、豪雨時の危険水域のシュミレーションやエコロジカルな視点からのポテンシャルの把握を行い、それをもとに技術の分野横断的な検討によって堤体と公園などの行政界を越えた一体整備を行う必要がある。
例えばシンガポールのビシャン・パークは、コンクリート三面張りの排水路を自然型の河川に再生し、公園と一体的に多機能型の都市型河川公園として再整備された事例である。直線的で画一的な河川断面が、非常時は氾濫原として機能する多様な断面と護岸形態に生まれ変わり、従来の川幅17~24mを最大100mまで拡幅したことで許容流水量は40%も増加した。現在のビシャン・パークは従来の川が持つ治水や排水といった機能を超えて、コミュニティやレクリエーションの場として機能し、多くの市民が水や自然と親しむことができ、水と緑の大切さや魅力を実体験から理解できる場となっている。河川部分では、シミュレーションを通じて流量だけではなく、流出速度に応じて川の護岸形態を設計し、流れが速い部分では生態緑化技術を活用した護岸補強を行っている。このように多様な護岸形態を創出することで、より豊かな生物の生息域をつくり出している。2012年に開園してから「25年に一度の洪水」が起きたが、非常時の水量にも柔軟に対応できているという。
この事例のように、河川沿い空間を普段からコミュニティやレクリエーションの場として機能する遊水池とすることで、自然への畏れをもちながらも自然に親しみ暮らしてきた共生のかたちを、現代に蘇らせることが可能になるのではないか。
|川とかかわる暮らしのイメージを空間化
〈川にわ〉は人の暮らしと自然の関係性の構築が目的であるため、そのデザインプロセスは地域に住まう人ひとりひとりが描く「川とのつきあいかた」から空間のありかたを導くプロセスが重要である。
河川沿い空間を含む地域のあり方について、地域で考え地域で活用していくデザインプロセスの事例として、愛媛県西予市の「のむら復興まちづくりデザインワークショップ」がある。ここでは平成 30 年度豪雨で被災した住民たち自らが将来のまちの姿を考える中で、河川沿い空間整備に関して、「肱川と生きる」というコンセプトが掲げられた。コンセプトに基づき、現在は将来像の実現に向けた第1歩として、河川改修と一体的に被災したエリアを公園化する事業が進められている。地域で考え、使い、管理するという基本方針のもと、利用・管理主体を具体化したり、空間活用の試行を行い設計にフィードバックしたりして、空間と仕組みが丁寧に検討されている。
この事例は災害からの復興のプロセスであるが、自然災害の危険のある区域において、その際の空間を、自然と人、人と人の新たな関係性を育む共有空間へと転換していく取り組みは、地域のレジリエンスを高めながら、その地域らしい自然と共生する暮らしを育むことにつながるだろう。
|流域単位でのエコノミーが支える環境形成
〈川にわ〉の空間整備は、河川と河川沿い空間を中心に、周辺の山林や農地を含んだ地域全体の生物多様性の向上に寄与する取組みである。地球規模の環境問題の深刻化も後押しし、2040年ごろには、農業や川沿い環境整備などの営みの価値をデータ化し、流域単位で支える仕組みが作られていると予想される。「流域治水」の取り組みが発展したプラットホームが形成され、生態的価値を高める営みとして河川沿いの農地や緑地の取り組みに対するインセンティブの確保など、流域全体で多様性創出を目指す「エコロジカルフェアトレード制度」の導入や、ひとりひとりの暮らしの中での行動が、生態系にどのように影響を与えるかが数値化・見える化され、環境創出の取組みに還元される「グリーンポイント制度」などが普及していることが期待できる。都市部も含めた流域単位で、有益な環境を守る仕組みにより、〈川にわ〉のマネジメントもより持続可能なものとなるだろう。
地域に根差すゆるやかなコミュニティ〈地域かぞく〉
|〈川にわ〉を媒体にコミュニティをつなぐ
〈川にわ〉は、地域住民自らが一定の財源や公的な権限を持ち、災害や自然生態系のデータを判断材料に、その場所の使い方やルールを生み出して状況に合わせて改変しながら、管理運営を行う。小さな収益事業の実施や、緑地の管理への「しごと」としての参加など、自らが自らの生活の場所づくりに関わることで、身近な環境の質を見直し、その結果として共有の財産である川、緑地などを再評価することに繋がる。夏場の過酷な労働である「草刈り」などにはロボット技術など活用し、無理なく地域で担うことが可能になることで、維持管理が単なる労働ではなく、生態系を育むための営みとして認識され、人が自然にかかわりながら共存するための新たな知恵・営みとして地域に根付く。さらに〈川にわ〉が小中学校、高校、大学などの実習フィールドにもなることは、地域愛を育て、自然環境とコミュニティを持続可能な形で継承していくことにつながる。また、〈川にわ〉は、オンライン空間も活用し、都市部や他地域に住みながらもこの地域が好きで頻繁に行き来する人や、地域内にルーツがある人、過去に住んでいた・働いていた人など、その地域に対して強い思い入れがあり、地域づくりに参加する意思のある人々とのコミュニティを〈地域かぞく〉の一員として受け入れる。これは近年、観光以上・定住未満の中間的な概念を示す言葉として使われる「関係人口」という言葉3)に近しい。様々な地域、世代を超えて交流を重ねながら、地域に関わりあうやわらかいコミュニティが、地方の環境を守り育てる上で重要であると考える。地域の商店街などにも活気や人の輪が波及することも期待したい。
|〈地域かぞく〉のライフスタイル
以下に具体的な登場人物を設定し、〈川にわ〉で育まれるライフスタイルとして具体化する。
①さちさん・40 代 と 陽さん(娘)・20 代
さちさんは高校生の頃から地域のワークショップに参加してきた。このまちのよいところをどうやったら発信できるのか考え周囲と相談し、移住してきたデザイナーにも声をかけ、〈川にわ〉のマネジメントを中心に、地域でコミュニティビジネスを行う組織を立ち上げた。地域の野菜や加工品の販売、定期市「川にわマルシェ」の運営などを行っている。小さなオフィスを構えるが、公園や商店街で仕事をすることも多い。子育て中は地域みんなで子どもを育ててくれる雰囲気に助けられてきた。
娘の陽さんも地元が好き。大学もオンライン授業が主流のため地元を離れずにいるが、自立した生活がしたくて商店街の空き家を改修したシェアハウスに入居。共用部の清掃やお年寄りのお手伝いをしたり、農地を手伝ったりすることで家賃が免除されて嬉しい。今日は遊びにくる友だちを川にわマルシェに案内して、公園で一緒に課題をする予定。
②孝雄さん・65 才
妻が若くして先立ち5年。地元に戻ることに決めた。生まれ育った場所の土、水、空気は元気にさせてくれる。まだ体力には自信があるし、たまに以前の勤務先からの仕事を受けたり、友人の畑を手伝ったりしている。朝夕は毎日散歩を兼ねて川沿いの公園に行き、ついでに施設清掃をしてお小遣いを得る。以前は洪水の心配があったが、今はいつどこが危険なのか、地域でデータを共有できているので安心だ。
③裕樹さん親子・都市住民
車で1時間程離れた都市部でマンション暮らしをしている。SNSで発信される「川にわ便り」を夫婦で楽しみに読んでいたが、ちょこっと手伝える収穫作業や、誰でも参加できるお祭りがあることを知って、実際に足を運ぶようになった。休みも増えたので月に1~2度は子どもたちと一緒に来ていて、地元の人とも顔見知りになりよく話をするようになったし、都市で生まれた自分にとっての「ふるさと」のような場所になりつつある。
④かおりさん・生物学者
河川沿いで生息する生物を専門としている科学者。研究フィールドとして〈川にわ〉の環境をモニタリングし、地域の人たちに状況を伝えたり、川の環境を育てるプログラムを行ったりしている。初めて来た日に、何げなく入った店で食べた、地元の野菜・山菜たっぷりの定食のトリコとなっている。専門は川だが山野草も好きで、個人的に山歩きをしたり、孝雄さんの紹介で山裾の下草刈りに参加したり、調査に来る度に3~4日は滞在するようになった。
この登場人物たちは〈川にわ〉を介した〈地域かぞく〉の一員である。コミュニティの選択肢があることは人間の幸福にとっても大切であるし、この〈地域かぞく〉の存在は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面している地方圏にとっても重要な役割を果たす。
自然とともに生きる、やわらかい共生のかたち
魅力ある風景・空間づくりのプロセスにおいて、地域に住まう人ひとりひとりの意思を大事にしながら、川と人の関係性、地域の世代間や都市との関係性を丁寧に紡いでいくことは、若者の流出の抑制や観光・産業・コミュニティへの発展的展開を促し、地方における、自然と共にある持続可能な暮らしへの道筋を立てる可能性を広げると考える。
人と自然、また、地域や世代を越えた人と人の「やわらかい共生」の姿とそれを支える仕組みを検討することは、地域の魅力の顕在化やそれをシンボルとして多様なライフスタイルを受け入れる環境形成につながり、地域のレジリエンスを高めるだろう。
参考文献・資料
1) 新公民連携最前線 PPPまちづくり
https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434167/022300008/?P=3
(2021年10月10日参照)
2)西予市HP 復興まちづくり
https://www.city.seiyo.ehime.jp/shisei/machidukuri/fukkoumachidukuri/index.html
(2021年10月10日参照)
3)地域への新しい入り口 関係人口ポータルサイト
https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/
(2021年10月10日参照)