ロードサイド空間のリノベーション
矢吹剣一(東京大学)
「ロードサイド」の現在地
日本では、都市郊外部を中心にモータリゼーションの進展による郊外化(スプロール化)と、ロードサイドへの商業店舗等の立地・集積、大規模小売店舗の進出とそれに伴う中心市街地の衰退問題が指摘されて久しい。これら商業集積地は、消費市場の拡大と中心市街地と比して郊外出店のコストが安いこと(地価の安さ)などを背景として、主に都心と郊外を結ぶ新設幹線道路沿いなどに形成され、新興の郊外部の需要を取り込むに留まらず中心市街地や既成市街地からも商流を受け止めてきた。
これら郊外部の商業集積地の立地と中心市街地の衰退を巡っては、都市計画制度においてもさまざまな対応がなされてきており、まちづくり三法の制定(1998)やその改正(2006)により、市街化調整区域等への大規模集客施設の立地が規制されるなど、一定の水準で立地規制が展開されてきた。
しかし、依然として商業店舗(10,000㎡未満の大規模小売店舗など)は郊外立地が可能であり、すでに郊外部の商業集積やそれを支える郊外住宅地が既に相当な量で形成されている。こうしたロードサイドに立地する商業集積地は“ファスト風土(化)”などといった言葉で形容され、均質化に伴う固有性の亡失、コミュニティの破壊、域外への消費流出などの問題が指摘されてきた。
都市政策のトレンドが中心市街地の活性化・賑わい強化、コンパクト・プラス・ネットワークに移っていく中で、そうしたロードサイド商業集積地やその周辺の住宅地に対して、都市計画分野は今度どのように対応していくことが可能だろうか。
本稿では、そうしたロードサイド商業集積地やその周辺の住宅市街地を所与の状況として捉え、2040年までの20年間の中で住み暮らす場として郊外を活用していくような方策を提案していきたい。
これからの都市のかたち
|集約型都市政策のコンセプトの概要
都市再生特別措置法(2014)の改正以降、居住と生活サービスの距離短縮化などによる人口減少下における生活利便性の維持・向上を狙いとして「コンパクト・プラス・ネットワーク」を標榜した都市政策(いわゆるコンパクトシティ施策)が展開されてきた。これは公共交通沿線や日常生活拠点周辺に居住を誘導することで都市構造の集約化を図ることを狙いとしており、その具体的な実現手法として立地適正化計画制度が創設され、全国の自治体で策定が進められている。立地適正化計画については研究が多数存在するが、本章ではその根幹にある都市構造の考え方(コンセプト)について触れる。
|縮小局面下での都市構造モデル
深刻な人口減少に直面している都市は先進国でも数多く存在し、それらに対応するための都市計画や都市デザインのあり方も模索されている。Hollanderらによれば都市構造や密度に深く関係する都市構造のコンセプトとしては、「都市の群島(urban archipelago)」と「低密度化(de-densification)」が挙げられるとしている。前者はドイツの建築家のアンガースが1977年にベルリンに対して行った提案に端を発しており、持続性の高い拠点(ノード)に周辺住民や市街地を集約するモデルである。後者は、既存の不動産所有者が隣接する空き地などを取得し、維持管理あるいは創造的な利用に活用することで都市全体の密度を下げるモデルである。前者の「都市の群島」モデルは土地利用規制などの公的介入を要するため実現に際する難易度が高いが、都市的な密度や空間的特徴を確保することが可能である。
一方で「低密度化」モデルは既に米国の人口減少都市で導入・実践されている。移住を伴わないため住民との合意形成がしやすい反面、現状追認型の政策であるともいえよう。これらの都市モデルは日本で目指されている「集約化(compactification)」は異なり、それぞれに利点と課題がある。
そもそも、コンパクトシティという概念は1973年に出版された書籍で提唱されたものであり、当初は「空間利用の効率化」が着眼点とされていた。その後、世界的な環境負荷低減・脱炭素化の流れや学術研究の蓄積が進み、政策に実装されてきた。
日本の市街地の現状と社会変化
|郊外のロードサイド空間の現状
前述したようなこれまでの土地利用規制の段階的強化とコンパクトシティ施策の推進状況をふまえ、現在の日本のロードサイド商業集積地の状況を概観すると、都市政策が意図しているような都市構造とはほど遠い現状がある。例として商業統計(2014)における年間商品販売額の総額に対するロードサイド型商業集積地区の占有割合を参照すると、全国平均では6.4%程度に留まる一方、都道府県別にみると鳥取県(21.4)や福井県(16.0%)と、消費におけるかなりの割合をロードサイドの商業集積地に依存している都道府県もみられる(一方、岡山県2.3%、東京都は2.4%と全国平均よりも低い)。
このように公共交通の分担率が低い、あるいは平野部にスプロールした市街地を持つ地域では依然としてロードサイドの商業集積地に依存したライフスタイルが維持されているといえよう。同時にそうした市街地は施設前面に駐車場を設け、施設間は自動車で移動することが前提となっており、歩行性(walkability)が非常に低い空間である。そうした自動車利用を前提とした「非人間的」な空間性を持つ点もロードサイド商業集積地の特徴である。
これらスプロール市街地は長期的な視点でみれば、居住誘導とともに集約化されていく可能性はあるだろう。しかし、スプロール市街地の中に公共施設がある場合や、一定の経済規模を有するロードサイド型の商業集積地区など、すでに地域の拠点的な位置づけを持つロードサイド空間も撤退すべき市街地として、公的介入を進めていくべきだろうか。そうした政策と実態の間にある状況を鑑み、次章では今後のデザインのあり方について考えてみたい。
|ロードサイドにおける「景観」の所在
もう一つ課題ともいえるのがロードサイド型商業集積地における「景観」である。ロードサイドには一般的には全国的に展開されているチェーン店が並び、どの都市を訪れてもロードサイドの景観にはさほど違いがないなど景観の画一化が進んでいる点が指摘されている。あるいは、そもそも景観は見るべきものとして「対自化」されてはじめて意識されるものであり、ロードサイドの空間はそもそもそういった意味で「(意識されるような)景観」ではない点も指摘されている。つまり、ロードサイドに関して人は荒廃していることにすら気づきにくく、その質に関する議論の俎上にすらあがらないのである。
|ロードサイド空間は地域核になり得るか?
前項で述べたように、ロードサイド空間では生活がそこに依存せざるを得ない現状やその空間における文化性の低下など課題が多いものの、都市計画の分野で郊外部に拠点を位置づけている事例をいくつか挙げながらその要点を整理していきたい。
有名な事例であるが北海道・夕張市の都市計画マスタープランでは市街地の段階的集約化が明記されている。分散している市街地を地区ごとに集約化し、最終的には市の骨格である鉄道沿線に集約するような都市構造を定めているおよび。
愛知県・豊田市の都市計画マスタープランでは核となる「拠点集約型土地利用」と、拠点付近の核ではない幹線道路沿いの都市・生活機能を有効活用する「幹線道路沿道型土地利用」を併用した土地利用(ハイブリッド土地利用)が構想されている。
熊本県・荒尾市の立地適正化計画では、鉄道駅が存在しない大型ショッピングセンター付近の商業集積地を都市機能誘導区域に指定している。
これら都市の段階的集約や分散型の拠点モデルは、ロードサイドの商業集積地を拠点にすべきといったような趣旨を安易に強調するものではない。問題提起したいのは、商業集積地や公共施設・公共交通網も加味した上で、今後拠点となり得る郊外であれば今後も一定密度を維持するエリアとして設定することも検討すべきであり、これらは拠点化における示唆的な先進事例であるという点である。
土地利用計画や規制には常に前提となる計画がり(改定前の旧計画など)、エリア設定はそれに影響される(=経路依存性が存在する)。したがって、新規に計画の線を引く場合でも従前の計画から何らかの影響は受けるだろう。しかし、現況の都市空間を客観的に把握し、既に一定規模の人口や経済活動、インフラ基盤が集積している地区は積極的に活かし、公共交通網の強化などにより集積性を高めるような方策もあり得るのではないか。
リノベーションの方向性
ロードサイド空間に対する都市計画的な介入を検討する上で、自動運転の影響を挙げたい。今後の技術革新(イノベーション)の進展により、若年層や高齢者、あるいは日本での免許を持たない外国人などいわゆる交通弱者でも自動運転車が活用できるようになると仮定すると、ロードサイド型の商業集積地へのアクセスも担保されるのではないか(現在のように公共交通を使用しなくとも外出可能となる)。その前提に立つと、幹線道路(市道/県道/国道など)沿いのロードサイド型の商業集積地はより多様な人が集まり、地域核としての役割を果たし得るのではないか。その際に、現在のように自動車に最適化された空間構成ではなく、公共空間と民有地を一体的に考えた、歩行性やアメニティ、景観に配慮したリノベーションや新築を行うことで、人やその活動を中心とした拠点形成が可能となる。
例としてオハイオ州・クリーブランド市では衰退した住宅地を幹線道路建設と周辺開発の用地として土地利用転換し、業務・商業・先駆的な都市農業を展開する地区として計画している。その中で新設建物については(荷さばき等を含む)駐車場を後方に配置して、沿道の空間を壁面線によって構成している。また街路樹(緑化)や歩道整備も行うことで歩行者の快適性に配慮した空間としている。
また、グリーンインフラの導入によるグレーインフラへの負荷の低減や後背地に都市農業を推進する地区を導入して周辺との結びつきを強化するなど持続性の高い沿道空間を目指している。
このような拠点形成が進んだ場合は(周辺住宅地への一定の人口規模の集積や交通網整備がなされるなど)、公共施設などの積極的な立地もあり得るだろう。ロードサイドの商業集積地をリノベーションして拠点化することで、拠点を中心に緩やかに市街地を集約していき、無秩序に開発された郊外部の景観を修復していくことも可能である。
紹介したクリーブランド市の空間計画などの根底にあるのはニュー・アーバニズムの発想であるが、郊外の幹線道路沿いのようなこれまで対象となってこなかったエリアに対し、(要素としては限定的ではあるが)応用を試みている点は参考になるだろう。
おわりに
本稿は長年都市計画の課題とされてきたロードサイド空間(ロードサイド商業集積地)に着目し、その集積状況をふまえつつ、資源として今後いかに活用していけるかという視点に立ち考察をしてきた。また同時に、従来都市計画の前提にならなかった自動運転車(自動運転技術)の普及を前提とし、持続的な都市構造とロードサイド空間の空間像を検討した試論でもある。
現在の郊外部における機能集積の状況を考慮すると、今後も都市の拠点として保持されるエリアは
少なくないだろう。ただし、既往の論考で指摘されているように、都市の拠点というものは公共交通を軸とした「都市型の拠点」から、自動車と徒歩を前提とした「小さな拠点」まで、その類型は複数考えられる。したがって、拠点を階層的に捉えつつ、安易な分散化につながらないように丹念に検討する必要があるのは確かである。その中で、現在は拠点ではないロードサイド商業集積地のいくつかは(単に商業機能を果たしているエリアなど)、自動運転車等の技術革新の後押しをうけ、「地域核」といったような中間的な位置づけの都市拠点としてその役割を果たすことが出来るのではないだろうか。
今後、負の遺産とされてきたロードサイド空間にも目が向けられ、多様な主体に利用される包摂性の高い空間として活用されることを期待したい。
参考文献・資料
1) 三浦展(2004)「ファスト風土化する日本―郊外化とその病理」洋泉社
2)2021年7月末時点で約400の自治体で立地適正化計画を作成・公表している。
3)Hollander, Justin B. and Pallagst, Karina and Schwarz, Terry and Popper, Frank J., Planning Shrinking Cities (October 26, 2009). Progress in Planning, Vol. 72, No. 4, pp. 223-232, November 2009
4)ドイツの「都市の群島」モデルは集約先があらかじめ複数想定されている一方、日本の場合は生活サービスを誘導するエリアである都市機能誘導区域や中心駅の求心性が(それらは1つとは限らないにせよ)強く打ち出されているため、拠点分散型のモデルと比して集約化はより実効性のある施策が必要となるだろう。
5)Dantzig, G and Saaty, T., Compact City, W.H.Freeman and Company, 1973
6)谷口守編著(2019)「世界のコンパクトシティ 都市を賢く縮退するしくみと効果」学芸出版社
7)経済産業省「平成26(2014)年 商業統計調査」の統計表データ(立地環境特性別)を元に筆者が算出した。ロードサイド型商業集積地の定義は「国道あるいがこれに準ずる主要道路の沿線を中心に立地している商業集積地区をいう(都市の中心部にあるものを除く)」
8) 若林幹夫(2006)「景観の消滅、景観の浮上」 『10+1』 No.43, NAX出版に掲載
9)夕張市まちづくりマスタープラン(令和3年3月改定)
https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/machidukuri/machidukurimast/masterplan.html(2021/10/13閲覧)
10)瀬戸口剛、長尾美幸、岡部優希、生沼貴史、松村博文(2014)「集約型都市へ向けた市民意向に基づく将来都市像の類型化ー夕張市都市計画マスタープラン策定における市街地集約型プランニングー」日本建築学会計画系論文集, Vol.79, No.698, pp.949-958
11)豊田市都市計画マスタープラン
https://www.city.toyota.aichi.jp/shisei/gyoseikeikaku/toshiseibi/1007576.html(2021/10/13閲覧)
12)清田幹人「非線引き都市の立地適正化計画における都市機能誘導区域の設定に関する研究 -郊外商業集積に着目して-」2020年度九州大学大学院修士論文
13)谷口はⅵ)において拠点を階層的に検討する必要性を述べている(「都市型の拠点」「小さな拠点」「小さな小さな拠点」など)。