「地域課題×スキル」で村と人をつなぐ
田中 椋(京都大学)
アドレスホッパーの価値観
近年、モノの所有に対する価値観の変化を背景に、シェアリングエコノミーが大きく拡大している。なかでも、住む家を所有しない、アドレスホッパーというライフスタイルが広く認知され始めた。このライフスタイルの特徴は、場所に囚われないことによって行動の制限を減らし、選択肢を広げることにあり、その結果様々なコミュニティに飛び込み、出会いが生まれることに、価値が見出されている。今後、シェアリングや自動化が進み、所有しないことへのハードルが下がることで、さらなる拡大が予想される。
一方で、アドレスホッパーが拡大することで、地域との関係が希薄化する可能性も指摘できる。すなわち、自由に移動するという点のみが過度に発信されれば、地域と関わりを持たず、一方的に地域を楽しんで回るだけのアドレスホッパーの増加を引き起こし得る。これは以前、大量移動・大量消費を目的とした、地域を消費するような観光形態が大きな課題となったことからも容易に想像できる。「消費型ではない」アドレスホッピングの定着のためには、アドレスホッパーと地域が相互に関係を取り結べるような仕組みづくりが必要になると考えられる。
地方集落における土地とコミュニティの持続
アドレスホッパーを受け入れる地域側も、様々な課題を抱えている。特に地方集落では、高齢化や人口減少に伴って集落の産業を担う世代の人口減少傾向が顕著であり、今後の集落のあり方を考える必要が生じている。ここでは、地方集落が抱える課題として土地とコミュニティの持続という2点を挙げ、アドレスホッパーとの関わりという観点から、今後の可能性について考えてみたい。
一つ目の課題として、土地の余剰が挙げられる。人口が減ることで相対的に家屋の余剰が生まれ、また、一人当たりが管理すべき農地・山林の面積も増大する。後継者問題を抱える神社・寺院も多く、年中行事や祭祀の維持が課題となっている。こうした地域の課題に対しても、シェアリングや自動化は有効な方策の一つだと考えられる。空き家や寺社の境内は共有・活用が可能な資産となり得る。農地や山林は、適度な規模縮小とともに作業の自動化を取り入れることで、少ない人数での維持管理が可能となるであろう。今後、集落の存続を考える上では、こうした技術をいかに取り入れるかが重要な課題となると考えられる。
二つ目の課題として、地域コミュニティの衰退が挙げられる。これまで集落では、地域コミュニティの相互扶助による自律的な維持が行われてきたが、その持続が難しくなっている。移住促進や関係人口の創出に取り組む地域も多いが、地縁による関わりの深いコミュニティとの関係構築が障壁の一つになっている。特に、短期滞在や体験を通した関係だけでは地域との関わりが浅く、コミュニティ形成には繋がりにくい。アドレスホッパーのような非定住人口と地域との関係構築のためには、コミュニティ間を繋ぐ役割を担う存在と、地域との関わりを深めるきっかけが必要となると考えられる。
2040年のライフスタイルと地域コミュニティ
以上のような課題を背景として、本稿では、「地域課題×スキル」をつなぐプラットフォームによって、アドレスホッパーと地域とが結びついたライフスタイルの可能性を考えてみたい。
冒頭に、アドレスホッパーは、新たな出会いが生まれることに価値を見出していることを述べた。今後アドレスホッピングが個人の生き方を実現する手段であると同時に、社会を支えるライフスタイルとして一般化するためには、出会いを生むことに加えて、「出会いが生む可能性」がより重視されるようになることが期待される。その一つの形として、独自の課題を抱える地域が自ら手を上げ、スキルやアイデアを持った人たちに呼びかけられるプラットフォームが、アドレスホッパーと地域の出会いの可能性を生み出すきっかけとなるのではないだろうか。地域ごとに異なる課題があり、関心を持ったメンバーがそれぞれのスキルを生かした解決策を導くことで、地域課題とスキルのマッチングによって生み出し得る可能性が極めて豊かになる。「地域課題×スキル」の出会いが生む可能性に価値が見出される社会では、様々な地域課題に対してどのような解決策を実現できたかが彼らの実績となるだろう。
集まったアドレスホッパーと地域とのスムーズなコミュニティ形成を促すためには、仲介役の存在が必要である。仲介によってアドレスホッパーと住民とが協働して地域課題を解決しようとする姿勢が生まれれば、関わりの深いコミュニティ形成につながると考えられる。これまでも、古民家活用の事例などでは、地域の不動産やキーパーソンが仲介役としての役割を担ってきたが、その多くは本業とは別の、「わがまち」意識を前提としたボランティアという形で実施されてきた。「地域課題×スキル」の出会いに価値が見出される社会では、住民に信用される関係を維持し、「地域課題×スキル」の出会いの場を設定することが仕事となり、十分に食べていけるようになるのではないだろうか。
|想定するライフスタイルと人物像
次のような人物像を想定してみよう。
旦那が元転勤族だったが引退し、現在は地方の山間集落を死に場所に決め、定住を始めたもうすぐ70代の宮本さん夫婦を考える。趣味を兼ねて自分たちでも畑をやりながら、空き家を借り受けてアドレスホッパーに向けたシェアオフィス付きの宿を運営している。これまで培ってきたコミュニケーション力を生かして住民と色んな話をしていたら仲良くなれたので、宿は住民の休憩スペースにもなっている。神職の人とも気が合い、夜にはたまに境内を使って宿泊客も住民も混ざって宴会をすることも増えた。飲みながら話していると、地域の課題に関する話題が次々に湧いてくる。そこで、アドレスホッパーのオンラインコミュニティに向けて地域が抱える課題を発信し、アイデアを持った人たちに呼びかけることにした。
それに応えたアドレスホッパーの1人が32歳プログラマーの遠藤さんである。農業用機械をメインに自動運転制御のプログラム設計を行っているが、自分で農作業をすること自体も好きである。農業用機械は全国画一的な機能では十分にその性能を発揮できず、地域の地形や栽培方法などの実情に沿った機能実装が求められている。最近はオンライン上で色んな地域の人から相談を受け、アドレスホッピングをしながら各地を回っている。
今回の呼びかけで遠藤さん以外にも5人ほど集まったらしい。エコツアーを開催しながら環境保全のコンサルティングも行っている篠田さん、仲介の宮本さんと一緒に、町内会長で農家の谷さんに昔の話を聞きながら集落内を調査して回った。まずは1週間くらいかけて集落の現状や地域ならではの農作業の仕方を把握して、何を自動化できて、どれくらい規模を縮小するか相談する予定だ。休憩がてらに神社に行ってみたら、同じくアドレスホッパーで造園や石積み指導をして回っている佐竹さんが、石積みワークショップを開いていた。以前は集落内に積める人がいたらしいが途絶えてしまい、自己流で応急処置していたらしい。興味を持った遠藤さんは、プログラム技術を生かして、AIを導入できるところがないか佐竹さんと考えてみることにした。
2040年のライフスタイルに向けて
では、3章で述べたようなライフスタイルが実現されるためには、今ある取り組みにどのような発展が期待されるであろうか。
|サブスクリプション型住居サービス
登録された全国の宿に、一定条件のもとで、定額で宿泊し放題になるサブスクリプション型住居サービスが、いくつかみられ始めている。移動の便利なゲストハウスやホステルに宿泊できるものや、郊外の空き家物件を活用して自然のある場所に宿泊できるものなど、多様なニーズに合わせたサービスが展開されている。現在はこうしたサービスの多くが、利用者が好きな宿を選べる状態を確保するため、連泊の上限を1週間程度に限定している。しかし、1週間という短期滞在は、アドレスホッパー同士の出会いを生むには十分ではあるが、地域との関係構築には短すぎる。どこでも仕事ができるとはいえ、仕事そのものは都市部から持ってきたものであり、地域が求めるものには応えられない。「出会いが生む可能性」に価値が見出され、その可能性が地域の課題解決に生かされるようなライフスタイルが実現されるためには、1ヶ月〜数ヶ月単位の長期滞在ができ、地域に向き合う拠点としても利用できるようになることが、期待されるところである。
|スキルのマッチング
個人が、自らのスキルと時間をオンライン上で販売し、そのサービスを求めている人から依頼を受けるマッチングプラットフォームも、既にいくつか現れている。しかし現在は、隙間時間の活用や副業での小遣い稼ぎといった規模の取引が主である。その理由の一つに、匿名性による取引のリスクが考えられる。すなわち、依頼者やスキルの提供者が互いに、どの程度の成果を求めていて、どのような成果を実現してきたかが不明なため、確実な成果が求められるような取引は行われにくい。今後、「課題×スキル」の可能性に価値が見出されていくことで、どんな課題に対してどのような解決策を提示してきたかを実績として公開することが当たり前になれば、活発な取引が可能になると考えられる。