自然体な都市 / アーバン・ビオトープ
野村はな(株式会社ヘッズ)
都市に求められる環境の変化
情報技術の進展は高速で大量の情報処理を可能にする一方で、SNS疲れなどの健康リスクを生じさせている。また、多くのことがオンライン空間で代替可能になる中、消費活動はモノの所有から価値ある体験やサービスを求めるコト消費へ、都市は働く場所やお金を消費する場所から時間を消費する場所へとシフトしつつある。ひとりひとりの暮らしの充実・豊かさが目指されるこれからの社会では、居住地周辺で自然とふれえる環境や、ほどよい距離感で人との交流が持てるコミュニティが、都市により求められるようになると考えられる。
また、日々深刻化している環境問題を個人の生活様式・行動と直結させる取組や、グリーンインフラの導入も今後より進むと考えられる。しかしその継続や浸透には、人間の自然への本能的な欲求や豊かさの実感がベースとなり、自然との関係が都市の文化として根付く必要があり、そのためにも日常的に自然を体感できる都市環境の形成が大切である。
自分らしく自然体で暮らせる環境「アーバン・ビオトープ」
本稿では、人間と環境のウェルビーイングに向けた思考実験として、既存の都市構造の中に自然と人、人と人が交流する環境が小さく多様に埋め込まれた彩り豊かな都市を想像し、その空間像や仕組みについて考えたい。「動物や植物が安定して生活できる生息空間」を意味する「ビオトープ」と、人が集まり生活する場「アーバン」をかけ合わせ、「人間が自分らしく自然体で暮らせる環境」を「アーバン・ビオトープ」と呼ぶ。「アーバン・ビオトープ」は、土地利用が主に住宅であり、一部店舗やオフィスなどが混合する建物が高密度に存在するエリアの、おおむね5〜10分徒歩圏(1㎢程度)圏域で計画する。日常的に無理せず歩ける範囲を「自分たちのまち」として認識し、その中の多様な共有空間を、仕事や食事など生活のさまざまな場面で使う。健やかに自然体で過ごし、都市の面白さを発見したり自らつくりだしたりしながら、時間・場所を共有して楽しみ合う人々の姿が、都市の魅力を形成する。
ライフスタイル×エコロジカル
アーバンビオトープの環境形成に向けては、既存の公園緑地のリノベーションや、道路空間の変化1)による新たな緑地の創出、空地の暫定利用などの取組みなどを、施設単位ではなくコミュニティ単位で捉え、AIによるシュミレーション技術を活用したエコロジカルな視点からの植生・水・土壌環境のポテンシャルマップに、都市機能・人間のアクティビティのレイヤーを重ねて計画する。その中では、公園などの公共空間だけでなく、所有を越えて自然と人間生活を接続する空間が豊かにつくられることが重要である。例えば数件並んだ店舗の店先と歩道や公園がつながり仕事や食事などで使えるテラスとなる、集合住宅の屋上や回廊部などが居住者の共有空間となり、周辺と立体的な歩道で接続するなど、プライベートとパブリックの関係は水平方向だけでなく垂直方向にも広がる可能性がある。
各共有空間では、無理のない形で維持できる自然環境の創出が行われる。例えば、集合住宅の1階に入る店先に設置された大きめのプランターを上階の入居者で手入れし、花が咲いたら一輪ずつ分け部屋に生ける、公園では芝生を徹底的に管理する場所は限定し、日本古来の野草を楽しむ場所を設けてみる、エコロジカルなポテンシャルは高いが日常的な利用が見込めない空地は自然に還しながら特別感のあるプログラムを付加するなど、一律ではなくその場所に応じて適切な環境・管理手法を設定する。
そうして生まれるコミュニティの濃度「プライベート・セミパブリック・パブリック」と、自然の濃度「人工的な自然~中自然~自然の遷移に任せる場所」を多様に組み合わせた共有地は、エリア内の住人によるオープンなプラットホームによりモニタリングされ、例えば下図に例を示すように、よりセミパブリックな、より自然度の高い空間を、既存の都市構造の中に生み出しアレンジしていく。
心地よい環境とコミュニティを育てる「アーバン・エコシステム」
アーバン・ビオトープ内の共有地は受益者負担の「ビオトープ共益費」や公共空間に対する財源と管理を行政から委任されることにより、エリアの自治組織によりマネジメントする。ライフスタイルをベースとした都市のエコアップのモデルとして、環境関連企業による水平・垂直方向の緑化技術や、雨水貯留・自然エネルギーによる灌水システムやロボット技術のプロモーション展開を積極的に誘致することで、環境への貢献度を数値化し発信することにより企業からの様々な投資を集め、質の高い空間を維持する仕組みを構築する。こうして自然体なライフスタイルを支える共有空間群を、エリアの住人の意見を反映させながら、自律したエリア自治組織が戦略的にマネジメントしていく仕組みを「アーバン・エコシステム」と呼ぶ。
また、共有地の環境を維持する日常的な管理は、共有地を使う「ついでにできるしごと」として細分化されている。アクティビティ感覚で参加でき、自らの行動がデータとして可視化される仕組みがあることで、共に暮らしをつくっている感覚が共有される。それぞれの心地よい環境をつくることを目的とし、暮らしの作法を共有するゆるやかなコミュニティは、自律した自然体なライフスタイルを支える重要な要素であると考えられる。
自然界と同様に、「アーバン・ビオトープ」も様々な暮らしのアクティビティの繰り返しの中で、少しずつ淘汰されて、安定した程よい距離感の緩やかなコミュニティが醸成されていく。このように自然体で自律したライフスタイルが共存し、その総体的な結果として都市のエコアップを実現するアプローチが必要ではないだろうか。
参考文献・資料
1) 内閣府「2040年、道路の景色が変わる」https://www.mlit.go.jp/road/vision/pdf/01.pdf(2021年10月10日参照)
2) https://theplaidzebra.com/this-summer-london-is-opening-a-public-eco-pool-that-is-filtered-entirely-by-plants/(2021年10月10日参照)